nDiki : 1991年

1991年 (平成3年)

社会の1991年

Naney1991年

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2007年1月24日 (水)

[ FON ハンティング ] 龍角散ビル

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Wi-Fi ファインダを入手したので、早速 FON ホットスポットを回ってみることにした。

まず最初に選んだのが、オフィスから一番近い FON ホットスポット。 会社の窓からも見えるちょっと変わった形の「龍角散ビル」。 1991年に完成し、その年にグットデザイン賞を受賞している。

靖国通り清洲橋通りの交わる交差点にあるこのビルにルータが設置されている。

GW-US54GDでのチェックではビルの周囲の道路で電波強度メータ 2/5 ~ 3/5 といったところ。隣のビルとの間にある駐輪場の辺りが電波強めなので、こちら側に設置されているようだ。

周囲に喫茶店や公園・ベンチ等はなく、一般の人が気軽には利用できなさそう。

周辺

道路を挟んだ向かいには以前に行ったことのある沖縄系居酒屋「沖縄すばと酒 瓦樹丸」がある。


[ FON ] 67012

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[ 1月24日全て ]

2007年12月19日 (水)

初めての PerlC MAGAZINE

C MAGAZINE 1991年9月号 Kindle 版

12月18日に Perl 5.10.0 がリリースされた。 1987年12月18日にリリースされた 1.000 (perlhist(1) より) から数えて20年目にあたるリリースである。

思い起こしてみると、自分が初めて Perl を知ったのは C MAGAZINE 1991年9月号の 特集フィルタ系言語研究,Part3 Perl入門 (前田薫氏) だったと思う。

当時は PC-88VA2 を使っていて、DOSエクステンダ版を試した記憶がある。 動いたような動かなかったような。

当時は UNIX 系システムは全く触れたことがなく、スクリプト言語もほとんど知らなかったので $ とか @ にはめまいを感じたものだ。

まさかあの Perl が今の自分にとって、第1プログラミング言語になるとは思ってもみなかった。

[ 12月19日全て ]

2007年12月26日 (水)

モロ35歳なので、アールサンジュウゴ R35 を買った

rimage:ASIN:B000O76P7G

店頭や新聞広告などでたまに目にして気になっていたコンピレーションアルバム R35、朝のテレビでまた紹介されいたのが駄目押しになって、昼休みに買ってしまった。

内容は以下。

曲リスト

  1. SAY YES [CHAGE and ASKA]
  2. 君がいるだけで [米米クラブ]
  3. 何も言えなくて…夏 [JAYWALK]
  4. Get Along Together ~愛を贈りたいから~ [山根康広]
  5. TRUE LOVE [藤井フミヤ]
  6. シングルベッド [シャ乱Q]
  7. 離したくない [T-BOLAN]
  8. クリスマスキャロルの頃には [稲垣潤一]
  9. Woman [中西圭三]
    • 「カメリアダイヤモンド」CM ソング 1992年
  10. 夏の日の1993 [class]
  11. もう恋なんてしない [槇原敬之]
  12. サポテンの鼻 ~“ひとつ屋根の下”より~ [財津和夫]
  13. 接吻 kiss [オリジナル・ラヴ]
  14. 壊れかけのRadio [徳永英明]
  15. 愛が生まれた日 [藤谷美和子・大内義昭]
  16. 世界中の誰よりきっと [中山美穂 & WANDS]
    • ドラマ「誰かが彼女を愛してる」主題歌

R35 世代。

1972年生まれの自分はまさに、この世代。 収録されている曲が流れていた1991年から1994年頃といえば、高校卒業・浪人時代から大学3年生の頃までにあたる。 アルバイト先の有線放送で繰り返し聞いた曲や、彼女と一緒に見たドラマの主題歌などずばり記憶に残っている曲ばかりである。

シングルやアルバムで持っている曲もちらほら。 しかしながら「単独では買うほどではないけれど、コンピレーションとしてまとまっているならたまに聞きたい」という曲が集まっているという点で、持っていて悪くない1枚である。


[ CD アルバム ]

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2008年12月23日 (火)

ご飯の粒がしっかりわかる「おどり炊き ECJ-JK10」

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17年ぐらい使ってきた炊飯器(91年製 タイガー 炊飯ジャー JNQ-0722 NP 直接加熱式 0.72L)に限界がきた。内蓋の蒸気口のプラスチック部品のポッチがもげた。 電源プラグも自分で修理して使ってきたけれどもういいだろう。 1991年製だからって「便利な電源スイッチつき」とはアピールしすぎなおちゃめな炊飯器だったのだが。

ということで炊飯器を新調することにした。調べたところサンヨーのやつがいいらしい。 価格.com で売れ筋ランキング1位は ECJ-JK10。 評判も良いしこれに決めた。 情報を集める前は「2万円弱ぐらいまでかなあ」と思っていたが、圧力 IH 炊飯器だと普及クラスでもそこそこするのな。

ヨドバシカメラで 39,800円。昨日の昼休みに見にいったらセール中で、36,800円。12月23日まではさらに下がって 33,800円というので家にメールして OK をとり、帰りに買って帰ってきた。 家電フロアですれ違った炊飯器を買って帰る人はみんな「おどり炊き」だった。大人気。

作り的には、圧力系ということもあり内蓋の構造などが複雑で、パッキンなんかもちょっと軟弱な感じで寿命はどれぐらいなのか気にかかるところだ。 10年使えるかなー。

で今日初炊き。

今までが今までだっただけに感動的に味が変わるのかなとちょっと期待したのだが、まあ流石に同じ米なので自分の舌ではそんなに味は劇的に変わった気がしなかった。

ECJ-JK10

しかし米粒感ははっきり違う。 炊き上がりを見て「今までの炊飯器で炊いたのと見た目おなじぐらいの柔らかさだな」と思っていたのだが、口にしたら食感が違う。 新しい炊飯器の方が、固くないのに米粒感がしっかりあり、口のなかでばらける感じ。

そういう意味ではやはり数段おいしく炊けているなという評価。 うちごはんがより楽しくなった。


[ 製品レポート ] [ 家電 ]

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2009年12月8日 (火)

低価格帯ベストバイ掃除機 東芝 VC-PY7E

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我が家の長寿家電の1つが掃除機。 他のそれらと同様にが独身時代から使っているもので、1991年7-12月製であるナショナル MC-A37C は既に18年モノだ。 モータ・電気系は問題ないのだが、ヘッドの植毛布が取れて滑りが悪いのと本体のポケットの爪が折れてパカパカ開いてしまうのとで使い勝手が悪くなってきた。 そろそろストレス的に限界か。 さすがにこれだけ使えば買い替えても無駄使いじゃないでしょう。

ということで新しく掃除機を購入。 高価格なのに多機能なぶん壊れる可能性も高い高級機は避けて、普及機クラスから選定。 サイクロンである必要はないので紙パック式とした。 東芝の電気クリーナー VC-PY7E(P) にした。

対抗馬はパナソニックの MC-K9A。 こちらの方がカタログスペック的には若干静かだけれど店頭で触ってみたところキーン音が気になった。ヘッドの可動域も VC-PY7E の方が広く狭い部分の掃除がずっとしやすそうだ。

デザインはオモチャ的だが悪くない。 今使っている掃除機よりずっとコンパクトなので取り回しや収納も楽そうだ。

次からの掃除がしばらく楽しくなりそう。

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2012年11月3日 (土)

20年ぶりに洗濯機新調

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ついに洗濯機買い替えましたよ! 今使っているのは日立の全自動洗濯機 PW-40H2形で1991年製造。気がつけば20年選手。ファジィですよファジィ。

1991年といえば東京ラブストーリーが放送された年ですよ。初めて Perl の存在を知った年ですよ。

標準洗濯容量 4.0kg で洗える量も少ないし、買い替えたいという話はずーとしていたのだけれど、たまに変な音がすることはあっても動いているものだからどうしても優先順位が低くなってしまって、のびのびになって早うん年。

新しく買ったのはパナソニックのタテ型洗濯乾燥機 NA-FR80N6。ドラム洗濯乾燥機はドリームだけれども、結局ドア開けると邪魔なんじゃないかとかもろもろあって使い慣れた形のタテ型をチョイス。普通の全自動洗濯機の形なのに乾燥機能とか未来ですよ。だって乾燥機といえば洗濯機の上に取り付けるそれこそあのドラム式のやつじゃないですか。

夢の洗濯ライフがハジマタ。

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2015年3月30日 (月)

丘町さくら通り

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が見頃なので昼休み渋谷区桜丘町へ。さくら通りは今年もいい感じ。7本のソメイヨシノは1991年道玄坂から移植されたものとのことで意外や歴史は浅かった。

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2016年2月20日 (土)

晴海合宿したのでデートスポット晴海ふ頭公園へ行ってみた

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昨日と今日の2日間の合宿晴海に来ました。晴海の思い出と言えば

  • 無線従事者国家試験センター(現:日本無線協会): 中学生の時に電話級アマチュア無線技士を受験しにきた。
  • 東京国際見本市会場(1996年閉場)があった(1回だけいったかもしれないぐらいの記憶)。

などがあります。それと晴海ふ頭公園。

学生時代に晴海ふ頭公園と言えば東京湾の夜景を眺められる心ときめくデートスポットでした。もっとも車が無いと不便なところで、新橋PRONTOアルバイトをしていた頃アルバイト先の人に連れて来てもらったり、中学生時代の同級生と夜にきたぐらいではありました。

彼女と来たことがあったかうろ覚えだったので、覚えているか聞いてみたら友人の車を借りて一度夜にデートで来たことがあるよねと教えてくれました(です)。

せっかく晴海に来たのでその懐かしの晴海ふ頭公園まで行ってみました。晴海五丁目交差点から先は工事中の箇所が多くこの先進めるのかなという感じでしたが、晴海客船ターミナル(1991年オープン)に続く道は並木の歩道が残っており昔の記憶が蘇ってきました。

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晴海ふ頭公園は平成27年度晴海ふ頭護岸補修工事(2015年8月18日~2016年3月15日)で入れないかなと思ったら入園できて、しかも一部海沿いまで出ることができたので感激です。のぼって下る緩やかな橋のような道も健在。公園内の海水が入ってくるところが空だったのはもうすぐ干潮の時刻だったからでしょうか。

埠頭から眺める東京湾岸は高層ビルが増えましたね。

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2018年9月16日 (日)

品川歴史館とイトーヨーカドーと出没!アド街ック天国と東京ラブストーリー【日記】

3連休2日目。午前中に品川歴史館に行き、そのまま足をのばしてイトーヨーカドー 大森店へ。2017年12月8日にコメダ珈琲店やカルディコーヒーファームが開店するなどリニューアルしている。お昼ご飯は HEART BREAD ANTIQUE で。

大井町回だった昨日の出没!アド街ック天国

大井町回だった昨日の出没!アド街ック天国を夜に観た。予想はしていたけれど半分以上飲食店関連。「焼肉激戦区」というのは知らなかった。常連向けの小さい飲み屋などが紹介されても行けないので、もうちょっと飲食店以外の「これは知らなかった」みたいなスポットを紹介して欲しかったな。

東京ラブストーリー

それから9月14日(金)に再放送が始まったドラマ 東京ラブストーリーの第1話も今晩視聴。今観てもあっという間に惹き込まれてドキドキしたわー。ファッションとかは時の流れを感じるけどストーリーや演出は全然色褪せていない。

第1話放送は1991年1月7日で高校3年の冬。受験真っ只中だったのでこの頃は夜のアルバイトは休んでいて観られる状況ではあったと思うんだけれども、さすがに生で観ていたのか録画して観ていたのか再放送で観たのかまではっきり覚えてないなぁ。

あのガラスの壁のカンチの部屋とか、社会人になって一人暮らしするとああいう部屋に住むのかなと想像とかしていた。

20代は仕事も大切だけれど悔いのないように恋愛しておく期間だよなぁ。

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2018年9月22日 (土)

28年ぶりとなる日比谷高校星陵祭高校生活を懐かしんできた

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星陵祭(文化祭)を見に校の日比谷高校に行ってきた。1991年卒業してから数回しか来ていないし、特に校内に入るのは卒業以来か。星陵祭の時でもないとなかなか入る機会がないので、星陵祭を楽しみつつ青春の日々を思い出して懐かしんできた。

星陵祭と校舎めぐり

星陵祭は全クラスが教室で劇を上演するのが伝統。自分たちは2年生の時に「そして誰もいなくなった」を、3年生の時に「カサブランカ」をやったんだよね。舞台セットを作ったりクラスメイトのマンションの集会所を借りて練習したり。

今は星陵祭全体レベルで整理券制度が導入されていて近代化を感じた。自分の学年は9クラスあったんだけれど今は全学年8クラスずつなんだね。今日はガッツリ観るというつもりでは来なかったので、劇はパスして部活動の展示をみたり校舎めぐりをしたりして楽しむことにした。

遅刻(新)を登りきったところにある通用門(正門は校庭の方なのだ)を通ってアーケード下で受付。4月はこのアーケードにクラス分けが張り出されてたんだよね。

もらったパンフレットは品質の良い26ページオールカラーで豪華。

2F から 1F

久しぶりに星陵像「星陵われらあり」とご対面したあと校舎玄関を入って2Fへ。左手の階段を降りると1Fのちょっと広いスペースへ。この小ホールの名前はなんだったかな。奥に進むと物理室や生物室などが並んでいる廊下。

理科実験に使った第2化学室(化学探求部)・巨大な元素記号表がある理科ホール・けん玉クラブの時に使った地学室(天文部)・カエルの解剖をやった第2生物室(生物研究会)などを軽く見て回った。懐かしいねえ。

3F

次は3Fへ上がって図書室へ。1年生の時は図書館近くの14Rだったので、ちょくちょく来て新聞雑誌を見ていたっけ。広くて個人デスクもある図書室にはちょっと驚いていた。

漫画文芸部・写真同好会が展示していた3F社会科ホールは当時の記憶がない。エレベーターができていたので改築されたスペースかな。

3F の体育棟への廊下は今日は立入禁止でドアが閉まっていた。

4F

4F へ上がって次は美術室(美術研究部)。ここは変わってないなー。1年生の選択科目は美術だったので美術の時間はここにきていたんだけれど、ほとんどダラダラしていたんだった。きちんと絵画系の作品つくりを選択すれば良かったな。

茶道クラブの時に半年使った作法室(茶道部)を入り口から覗き、ほぼ入ったことのなかった音楽室の前を通って、一般教室が並ぶ廊下を奥まで。そこから外階段へ出た。

校庭・旧講堂周辺

上階から外階段とテラスを通って庭へ出られるのも日比谷高校の校舎の面白いところ。雨でなければ外階段から登下校してた。

あとは校庭(砂が白くて綺麗なのになった?)をちょっと回ってから、川田像と再会。講堂が1994年11月に解体されてしまったのはやはり残念。結局体育棟が改修・増築されただけだった。

今日は資料館も開館していたんだけれど靴を脱いでまでという話になって今日はスキップ。いろいろ校舎を見て回れて満足。卒業してからだいぶ立つけれともそれほどくたびれず変わってないなーというところも多かったな。最初校舎に入った時はあれ、こんな構造だったっけとなった時もあったけれど、どんどん記憶が蘇ってきた。

帰路

満足したところで遅刻を下って赤坂見附へ。

1982年2月8日の火災があり在学中ずっと廃墟だったホテルニュージャパンが無くなり、プルデンシャルタワーになったことで遅刻もずいぶん明るい感じになったな。もう一方の側の山王グランドビル(1966年9月竣工)は変わらず。駐車場出入り口近くにあった自動販売機でよくドリンクを買ったっけ。

星陵祭を含め良い高校生活だったなとしみじみ。

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今日のさえずり: 「iPhone XS 割れた」で検索している人が既にいっぱいる

2018年09月22日

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About Me

Naney Naney (なにい)です。株式会社ミクシィで SNS 事業の部長をしています。

nDiki1999年1月に始めたコンピュータ日誌を前身とする NaneyWeb 日記(兼パーソナルナレッジベース)です。ちょっとしたノートは nNote にあります。

※内容は個人的見解であり所属組織とは関係ありません。

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