昨日のめざましテレビでも生中継していた増上寺へ花見に出かけた。 明日は天気がくずれそうだし、今日を逃がすと今年はもう厳しそうだし。
公式サイトによると増上寺の大殿は昭和49年(1974年)の再建。 近所で自分が産まれた頃、大殿はまだ今のような建物ではなかったらしい。 小さいころから「寺にしては近代的な作りだな」と思っていたが、そんなに最近の再建だったとは。
並んだ焼香の列は前も後ろも初老の爺さん婆さん。 「日本人は列を見ると並んじゃうのよね」とか「(焼香するところを)撮ってくれ。おまえの時は俺が撮ってやるから」「いいわ、私がカメラマンね。私は別にいいから」とか信仰とは無縁の観光客だ。 乱れているのは「若者」というわけでは全くない。
参拝を終えた後、境内をぐるりと散策。 御忌大会による徳川将軍家墓所特別公開は明日からで、残念ながら今日は見ることができず。 桜の咲き乱れる納骨堂周辺を楽しんだ。
子供時代(1972年〜1987年頃)を過ごした港区の浜松町・海岸で当時の風景を探してみようと散歩してみた港区海岸編。
浜松町駅北口を出たすぐの道を右へ進みます。
旧芝離宮恩賜庭園の前にある公園です。ブランコは当時と変わらず。ジャングルジムもたしか以前からこれでした。水を汲み運んで山を作ったりした東側にあった砂場は無くなっています(2003年にきた時には既に無くなっています)。
子供のころ雪が降った時にこの公園にきてミニかまくらを作ろうとしたりしたんですよね。
海岸通りと交わる芝商業高校前交差点を過ぎてしばらくいくと左側にある白いビル。ここも健在。このビルには丸善丸善雄松堂株式会社(旧丸善株式会社)の本社が入っています。 1F に「フィッシング竹芝」とう釣具屋が昔ありましたが、今は無くなっています。
道路を挟んだ向かい側の東京都立産業貿易センター浜松町館や東京都計量検定所などがあった一帯は大規模な再開発が進んでいる最中で建物などは無くなっていました。
国際浜松町ビルの少し先にあるマンション。友人宅でテレビゲームを遊んだ記憶が蘇りました。
特にゆかりはないですが、竹芝の風景の一つのマンションです。
東京都港湾局の築地地区で、この先に汐留川水門(1969年竣工)・浜離宮排水機場(1970年竣工)・築地川水門(1969年竣工)があります。汐留川水門横に流線型のポンプができていて驚きました。
左側の建物は東京都観光汽船の係船場のもの。この建物も年季が入ってます。
ここに来る途中の道の北西側には「JR東日本浜松町社宅(東京都港区海岸1-10-29)」や「シーサイドホテル芝弥生(旧芝弥生会館・東京都港区海岸1-10-27)」があったのですが、竹芝ウォーターフロント開発計画のため既に取り壊されていました。
JR東日本浜松町社宅には小学校・中学校・高校と一緒だった友人が住んでいました。高校の時はここの集会所を借りて星陵祭(文化祭)の練習をしたんですよね。懐かしいです。
Naney (なにい)です。株式会社ミクシィで SNS 事業の部長をしています。
nDiki は1999年1月に始めたコンピュータ日誌を前身とする Naney の Web 日記(兼パーソナルナレッジベース)です。ちょっとしたノートは nNote にあります。
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